放熱の破片 vol.46
人生で、心からの涙を流せる時が何度あるのだろう。
12月15日、後楽園ホールで大波乱がおきました。
1年7ヵ月ぶりに後楽園ホールのリングに戻ってきた新田ジムの西禄朋(にし よしとも)くん。
カンバック戦の相手は、日本スーパーウェルター級6位の音田隆夫(一力ジム)さん。
音田さんは、試合開始から試合終了まで、ペースを落とさずブンブンパンチを振り抜いて前に出続ける激闘ファイター。
正直に言うと、ブランクのある西くんでは音田さんのパワーに押されて、後半につかまってしまうのではないか、そう僕の頭に浮かびました。
新田さんに直接話を聞かせてもらう機会があったのですが、
『厳しい相手かもしれないが、勝算は十分ある』
とおっしゃっていました。
西くんと新田さんは、紆余曲折を経て、この日にたどり着きました。
昨年5月の試合で、西くんは痛烈にダウンをしました。
新田さんがタオルを投げ入れて試合が終わったのですが、『とことん戦おう』と試合前には誓い合っていたのに、タオルを投げた新田さんに不信感を持ったと言って西くんはジムを去りました。
その試合を見ていて、タオル投入はこれ以上ないタイミングだと感じました。
タオルを投げようが投げまいが、あの試合は負けていたでしょう。
まず勝ち目はなかった。
ダウンするようなパンチを食った自分自身を振り返れば、怒りの矛先は自分に向き、どうすれば危険なパンチを食わずにとことん戦う事が出来たのかを考えるしかない。
しかし、西くんの怒りの矛先は、己の足りなかったところではなく、新田会長のタオル投入にすり替えられていました。
その様子を見ていて、西くんはまた帰ってくる、と思いました。
言い訳の出来ない負け方をした訳ではなく、『新田会長がタオルを投げなければ負けなかったかもしれない』、と考える事が出来たからです。
言い訳の出来ない負けを受け入れた時、戦士としての誇りはズタズタに傷つきます。
しかし、西くんはボクサーとしての自分に、まだまだ可能性を感じているはずだからです。
放熱の破片 vol.20
最後の試合から1年以上たち、西くんは新田ジムに帰ってきました。
そして、なまった体を半年かけてボクサーの体に仕上げてきました。
控え室で西くんの体を見ると、以前はファイターとしては少々痩身だったように感じた体には、筋肉がつき、ボクサーらしくなっている。
この半年の間、まじめにこの体を作って来たのだろうとわかりました。
ラウンドが長引けば、馬力を落とさない音田さんが、西くんのペースを飲み込んでいくだろう、それならば、序盤に勝負をかけるしかない、と予想しました。
リングに入場して来た音田さんは、いつもの力溢れる眼差しから比べると、落ち着きすぎていて、コンディションが悪いような印象を受けました。
ゴングが鳴り、西くんも音田さんも、いきなり激しい打ち合いを展開します。
その打ち合いの中で、スピードと回転力で上回る西くんが的確なパンチをヒットさせて、優位に進めます。
音田さんは、膝をゆらしながらも持ち前の強打を当てようと打ち返し、時折ヒットさせますが、西くんは手を緩めず果敢に攻め続け、第3ラウンドに右を浴びた音田さんはたまらずダウン。
立ち上がったものの、ダメージは明白で、西くんは一気に攻め込みレフェリーが試合をストップしました。
リングサイドでは、後輩の古橋大輔くんや岳たかはしくんがこらえきれぬ様子。
兄貴分の西くんが、皆に慕われている男だという事が伝わってきます。
これまでの長い時間、ともに痛みを分かち合ってきた西くんと新田さん、見事な再起でした