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沖縄 粟国島 その2

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島に港に着くと、荷物の積み降ろしをする人達が集まってきた。
皆、軽トラックの荷台に荷物を積んで、坂道を上って集落へと散って行く。
その中の一台の軽トラックの荷台に乗せてもらい、役場に行く事にした。
今までの旅の経験上、役場に行けば色々な情報が手に入ると思ったからだ。
 

役場は、のんびりとした静かな空気に包まれていた。
役場から歩いて30分ほどのウーグの浜でテントを張れると教えてもらった。
ウーグの浜は、東京が梅雨明して、夏休みに入るとたくさんの観光客でにぎわうらしいが、今はまだガラガラということだった。
 
照りつける太陽の下、人通りのない道を汗をぼたぼた滴らせながら重いザックを背負って歩いた。
 
当時使用していたj-phoneの携帯電話をみると、見事に圏外だった。
東京との連絡は、郵便か公衆電話しかないことが確定し、晴れて自由の身になれた気がして清々した。
 
 
それらしい浜に到着すると、公衆シャワ一があり、水もそこで手に入るようだ。
シャワーの脇に1張りのテントが先客としてあった。
挨拶に行くが、留守のようだった。
僕もテントを設営し、ぬるくなった水をガブガブ飲んで、サウナの様なテントの中で横になると、眠りについていた。
 

夕方、テントの外から誰かに呼ばれる声がして目が覚めた。
 
 

沖縄 粟国島 バックナンバー

沖縄 粟国島 その1

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2001年夏
2ヶ月間の東南アジア滞在から帰国した僕は、残ったわずかなお金を握りしめ、あてもなく沖縄を訪れた。
背中のザックにはテントを入れて、『気ままなテント生活を楽しむのだ』と自分に言い聞かせていた。
が、実のところは、節約しないと帰りの飛行機代すら心もとない懐具合が心配だった。


4週間後には帰京して、レンタルスタジオでスタジオマンとして勤務する事が決まっていた僕には、こうした旅は、少なくとも20代では出来なくなるという最後の旅のような気持ちだった。


空港で教えてもらった『兎に角安く泊まれる所』である那覇市内のゲストハウスにあった情報ノートをめくりながら、本島からフェリーで2時間半の粟国島に行く事を決めた。


静かに過ごしたかったが、宮古や石垣にいくには飛行機代がかかる。
フェリーで安く行ける島で、ハブがいないのが粟国島だった。
理由はそれだけだった。
 

Profile

山口裕朗(やまぐちひろあき)
1999年プロボクサーとして17戦10勝(6KO)7敗の戦績を残し引退後、2002年 「サンデー毎日」で写真家としてデビュー。
2005年 ボクシング引退後、撮り続けている、かつての対戦 相手達の写真を、写真展『放熱の破片(かけら)』で発表。
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