放熱の破片 vol.2
機材の手入れをしていたら、レンズフードに血痕が残っている事に気がつきました。
その赤黒い点を見ると、昨夜おこった一瞬の刹那が蘇ってきます。
日本ウェルター級タイトルマッチ、16勝(15KO)4敗1分の強打のチャンピオン大曲輝斉に、12勝(4KO)2敗1分の新井恵一が挑んだ試合は、文字通りの激闘でした。
新井さんの所属する高崎ジムとは、篠崎哲也さんを撮るようになってからご縁を持たせて頂いています。
篠崎さんは、日本タイトルに3度挑むも、わずかの差でタイトルを獲得出来なかったボクサーです。
新井さんが勝てば、篠崎さんが成し遂げれなかった、高崎ジム初の日本チャンピオン誕生になります。
これまでの実績から考えても、チャンピオン優位である事に疑いは持ちませんでした。
序盤でのKOもあるのでは、と思っていました。
しかし、新井さんは、そんな予想を覆すボクシングを展開するのです。
チャンピオンのパンチを警戒しながらも、ガードを堅め、左からのコンビネーションを上下に打ち分け、こつこつとダメージをあたえていきます。
大曲さんの一発の威力は恐ろしいものだと知っていましたが、試合の流れは完全に新井さんが掌握していました。
8Rに入ると、チャンピオンは鼻と口から大量に出血し、連打でロープに詰められた時には、あわやストップ負けするのではないかと言うほどダメージは色濃く写り、新井さんの一方的な展開になります。
が、しかし、ラウンド終了間際に、チャンピオンの危険なパンチを食らい、大きなダメージを負ってしまいます。
そして・・・、 9R開始早々にチャンピオンの剛打を浴び、キャンパスに沈みました。
あと6分。 あと6分間戦い続けることが出来たなら・・・。
あまりに壮絶な幕切れに、言葉をなくしました。
ボクシングは何がおこるかわからない・・・。
リングサイドで声援を送っていた篠崎さんがコーナーに連れ戻された新井さんに駆け寄り、「もう少しだったのにな。くっそー」と呟きながらグローブを外していました。
その姿は、自分がなし得なかった願いを、後輩に託していていた事がヒシヒシと伝わるものでした。
控室で頭を氷嚢で冷やされながら、記者の方達からの質問に答える新井さんは、状況を受け入れることがやっとの様子で、呆然としていました。
記者の方達が控室を出て、一息つくと新井さんに1本のスポーツドリンクが差し出されました。
それは、北川純くんからのものでした。
昨年、北川くんと新井さんは3度に渡り熱戦を繰り広げ、新井さんが2勝1分とし、この度のタイトルマッチに漕ぎ着けたのですが、北川くんは、先月開催された賞金トーナメント ビータイトの一回戦で敗退し、現役を引退すると聞かされたばかりでした。
北川くんにすれば、かつて殴り合い、自分を踏み台にしていった男に思いを託していたのかもしれません。
それが北川くんから差し出された物だと気がつくと、2人は言葉を発する事なく固く握手を交わしました。
勝者の陰には、想いを成し遂げる事なくリングを去る男たちの願いが常にあるのだと、改めて思い知った夜になりました。