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放熱の破片  vol.50

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このまま辞めちゃダメだよ。


彼が日本ランカーに敗れるたびに、心の中で僕は彼にささやいていました。

 

 昨年7月15日、日本スーパー・フェザー級(58.9kg)10位森田陽久(新日本仙台)と会田篤(ワタナベ)は、噛み合わない試合でした。
森田選手が大きなパンチを振り回しながら、会田くんの得意な中間距離を潰し、判定にもつれ込んだクロスゲームは、0-2で森田選手の手が上がりました。
これまで、会田くんと対戦した相手の質は高く、方波見吉隆・松沼誠太郎には勝利し、大沢宏晋には1-1の引き分け、森田陽久・長瀬慎弥には2-0の判定負け、いつもあと一歩の所で日本ランキングに入れなかった会田くん。
 
 
 
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森田戦で彼にレンズを向けさせてもらい、発する空気にただならぬ覚悟を感じていました。
しかし、結果は惨敗。

この時に、このサイトで彼の事を書こうと思ったのですが、思いとどまりました。

再び挑戦する彼の姿が見たい、と思ったからです。
 
 
 
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これまで培ってきた彼のボクシングの全てを、燃焼し尽くすような熱い試合が出来た訳でもなく、このまま辞めたら悔いが残るんじゃないか。


森田戦から2週間ほど経ち、ジムから足が遠のいていた会田くんに会って話を聞かせてもらいました。


「このあいだの試合前は、負けたら最後だと思っていたけど、ここまできたから、もう一度踏ん張ってみようか、という気持ちもあるんですが・・・。  正直、悩んでます・・・。」

 

いつもあと少しの所で勝てなかった、そのあと少しを変えるにはどうしたらいいと思うかを聞くと、
 

「練習の環境を全て変えようとも思ったけど、歳を考えると・・・。」
 

「またジムに通いだしたら、連絡ちょうだい。」

 
そう言って、連絡を待ちました。
森田戦から5ヶ月ほど経ち、彼からEメールが届きました。
それは、彼の結婚式二次会のお誘いでした。
 

結婚する事で、ボクシングへのけじめをつけると言う事なのだろう。
夏に撮った彼の写真は、人目に出す事がなくなってしまったな。
そんな風に思い、彼の結婚を心から祝福する気持ちと共に、少しだけ寂しい気持ちも浮かびました。

そして、今年に入り、ワタナベジムに内山高志くんの写真を撮りに行った時の事です。
会田くんがジムに通いはじめたと聞き、本人にも話を聞くと、5月に日本S・ライト級2位の伊藤和也(宮田)選手と試合が決まったというではありませんか。

土居進トレーナーの元で、大勢のアスリートと合同で走るスタミナトレーニングや、ウェイトトレーニングに取り組み、これまでとは違った環境のトレーニングを取り入れて、フィジカルから鍛え直しているようでした。

 
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昨夏、環境を変えようと思ったけれど、31歳という年齢を言い訳にしようとしていた彼は,その気持ちの内面から再生しているのだと伝わってきました。

そして、2010年5月26日、会田篤は本当に本当のラストチャンスの覚悟で、後楽園ホールのリングに立ちました。
 
 
 
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試合開始から、対戦相手の伊藤選手はワイルドなパンチを出しながら、前進し接近戦を挑んできました。
会田くんもアッパーで迎え撃ちますが、パンチがクリーンヒットしても伊藤選手はひるまずに前に出続けます。
伊藤選手がそういうスタイルだとわかっていましたが、徐々に会田くんは後退しだし、ロープを背にするようになります。
そして、3ラウンドになり、反撃の手がでなくなったところで、レフェリーが試合をストップし、伊藤選手のTKO勝ちを宣言しました。

  
 
ドクターチェックを受け、控室に戻ると、ジムの人達はメインに出場する小池浩太選手のセコンドへと向かい、控室は僕と会田くんの2人になりました。


試合に敗れた時の昔の自分を思い返してみると、かける言葉はみつかりませんでした。
 
 
 
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しばらくして、ノーランキングだった小池浩太選手が、日本ランカーに判定勝ちする金星をあげ、控室は先程までとはうって変わり、興奮した声と人でごったがえします。
その隅で所在無さげにしている会田くんに、会長の奥様が声をかけ、控室の外に連れ出すと、目をまっ赤にした会田くんの奥さんが立っていました。



 
 
 


 
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「このまま辞めちゃダメだよ」
 
 
 
 
 
 
 

もう、その言葉は浮んではきませんでした。

 
 
 

 


 
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Profile

山口裕朗(やまぐちひろあき)
1999年プロボクサーとして17戦10勝(6KO)7敗の戦績を残し引退後、2002年 「サンデー毎日」で写真家としてデビュー。
2005年 ボクシング引退後、撮り続けている、かつての対戦 相手達の写真を、写真展『放熱の破片(かけら)』で発表。
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